緋色の7年間

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司法試験「採点実感等に関する意見」のまとめ(刑法平成20~25年)後編

※加筆・修正しました。2014/11/29

前編(総説)および中編(刑法総論)に続きまして、今回は後編の「刑法各論」の事案分析(と知識)についてです。前編で書きましたが、考査委員からは「総論に比較して各論の問題点について的確に論述する能力が欠けているのではないか」〔強調引用者〕との感想が寄せられているそうです(H24・26頁)。この記事では、平成20年から25年までの採点実感で具体的に指摘された点を(論外なものは除いて)体系立ててみることにしたいと思います。

◆具体的にどこでつまづくのか

先に取り上げておきますが、背任罪(特に抵当権関連)文書偽造の罪(定義全般)については非常に基本的な知識の不足が指摘されており、総じて具体的な事実認定以前のレベルのようです。何よりもまず、この2種類の犯罪について正確な知識を身に着ける必要があります。以下の話は、それができてからのほうがいいかもしれません。

(1) 殺人罪(の未遂)

問題点として指摘されているのは、①殺意の認定(というより、殺人未遂罪の検討のスルー)と、②実行の着手(時期)の2点です。

①の殺意の認定について、これは殺意の認定に限らないわけですが、複数事情を拾って評価すべき点が指摘されています。たとえば、よくない答案として次のようなものがあげられています。

甲の殺意を検討するに当たり,甲がVの死を受け入れるかどうか迷っていたことをもって,安易に殺意を否定し,その後,甲がVに医療行為を施さずにその生死を運命をゆだねることにしたという点について,十分に検討していない答案〔強調引用者〕(H22・21頁)

殺意の認定に関しては、一般的には、①凶器の種類、②凶器の用法、③創傷の部位、④創傷の程度、⑤動機の有無、⑥犯行後の行動等が考慮されますが(原田保孝「殺意」刑事事実認定重要判決50選(上)278頁参照)、問題文で主要事実が確定されている場合にはそれを用いなくてはなりません。その際、「死亡することを認識しながら」や「死んでもかまわない」といったわかりやすい事情だけでなく、上に引用したような「生死を運命にゆだねる」といった事情にも注意を払う必要があります。

殺意の認定以前に、殺人(未遂)罪を検討しようとさえしない答案も問題だと指摘されています。拳銃で発砲したり、ナイフで刺したりする行為について、殺人(未遂)罪の検討をしないなどということはありえませんが、以下のような「車から振り落とす行為」はスルーしがちですし、とりわけ死亡結果が発生していない場合には殺人未遂罪の検討が抜け落ちやすいです。生命に危険を及ぼしかねない行為であれば、とりあえず殺人(未遂)罪を検討するくらいのつもりでいたほうがよいかと思われます。

甲が,車を加速,蛇行させて,しがみ付いていた乙を車から振り落とすという生命に対する危険性の高い行為に及び,乙に脳挫傷等の大怪我を負わせ,意識不明の状態に陥らせるという重大な結果を生じさせたにもかかわらず,甲について傷害罪の成否だけを論じ,殺人未遂罪の成否を一切論じていない答案が予想以上に多かった。このような答案については,事案を分析する能力の欠如をうかがわせることから,低い評価をせざるを得なかった。(H23・25頁)

殺人罪の問題は、総論の問題と絡めて出題されることが通常です。というより、シンプルな構造の結果犯なので、現実の事案で(事実認定の問題を除けば)総論的な観点が問題となりやすいのです。ちなみに、同じくほぼすべて結果犯で占められる財産犯についても、総論的なことが問題となりやすいです殺人罪よりも条文構造が細かいので、それだけ問題となることは少ないですが)

ここで、総論と絡めて殺人罪で特に問題となるのは、②の実行の着手(時期)です。おなじみの(?)クロロホルム事件(最決平成16年3月22日刑集58巻3号187頁)と類似の事案が出題されています。これについては、同判例の規範と考慮要素を正確に押さえる必要がありますし、実際に多くの人が押さえられているようですが(H25・26頁参照)、同判例の3つの要素は一般的な要件でないことは既に説明した通りです(→「未遂犯と『実行に着手』2」を参照)

また、場合によっては、間接正犯が絡んできますから、その場合には、一歩踏み込んだ論述をする必要があります。 

殺人罪の成否につき,多くの答案が間接正犯の成否について一応言及していたものの,そのほとんどが,「乙が途中でAの存在に気付いたから間接正犯は成立しない」旨簡潔に述べるのみで,間接正犯の実行着手時期に言及した上,殺人予備罪にとどまるのか,殺人未遂罪が成立するのかを明らかにした答案は僅かであった。(H25・27頁) 

(2) 窃盗罪

財産犯では、具体的な金額についてどのような犯罪が成立するかを検討しなくてはならないことが指摘されています。

「窃盗罪の限度」と抽象的に示したのみではこの事例における乙の罪責を的確に示したこととはならず,そこでいう「窃盗罪」とは300万円の窃盗であり,2万円に関しては責任を負わないという趣旨なのか,それとも,302万円の窃盗の限度では責任を負うという趣旨なのかを明らかにしなければ乙の罪責を正確に認定したとはいえない。この点については,多くの受験生が罪名を決めただけで安心してしまったものと思われた。(H20・17頁)

ちなみに、2項詐欺罪2項強盗罪なると、窃盗罪の場合よりもさらにややこしくなり、財物具体的な金額のほかに、財産上の利益を受ける地位などの抽象的な利益も検討の対象に入ってきますから、注意が必要です。対策としては、判例集を読むのがよいかと思います。たとえば、2項強盗罪の事案ですが、「暗証番号」が財産上の利益にあたるとした高裁判例があります(東京高判平成21年11月16日判時2103号158頁。重判平成23年度157頁)。正確に言えば、「ATMを通して当該預貯金口座から預貯金の払戻しを受ける地位」ですが、おそらく問題文では「暗証番号を聞き出した」としか書かれないでしょうから注意が必要です。

(3) 強盗罪

強盗罪に関しては、「犯行を抑圧するに足りる程度の暴行・脅迫」の認定が問題です。

「反抗を抑圧するに足りる程度の暴行・脅迫」に関して,甲のBに対する犯行が行われた状況のうち,A方の屋内でBが容易に助けを求められる状況にないこと等にも触れるなど,幅広い事情について目配りして結論を導いた答案〔強調引用者〕(H20・16頁)
反抗抑圧に足りる程度の暴行といえるか,財物奪取と暴行との関連性は認められるかという点にまで目を行き渡らせて具体的に論じている答案(H20・17頁)

なお、同じ事情が、別の要件で評価される場合があることにも注意が必要です。

甲乙間の共謀内容及び甲に成立する強盗罪の枠組み(強盗の機会性ないし因果関係等)の両方の観点で問題となり得る〔強調引用者〕(H20・16-17頁)

(4) 横領罪

主に問題点として指摘されているのは、①「占有」の意義・認定と、②既遂時期の2点です。

①については、採点実感がいうには「濫用のおそれのある支配力」の観点を論じるべきということらしいですが、別にこの表現でなくとも構わないでしょう(たしか団藤先生の表現だった記憶が…)。たとえば、自己が占有することによる「処分可能性」から「事実的支配+法律的支配」を指摘し、事実を認定・評価すれば足ります(西田・各論6版234頁参照)

「自己の占有する他人の物,の要件を満たす」旨の結論だけを示し,具体的に,占有の対象が「Aの口座に預金として預け入れられた現金」たる物であることや,その所有者・占有者がだれであるかが明示されていないもの。(H21・20頁)

業務上横領罪における「占有」の解釈について,「事実的支配」のみ論じ,「濫用のおそれのある支配力」の観点が論じられていない答案(H24・24頁)

②の既遂時期については、不動産の横領で問題になりました。横領罪には未遂犯処罰の規定がないので、不法領得の意思が外部に発現した時点で既遂になります。要するに、基本的には民事法上の意思表示の時点で既遂に至るわけですが、登記が対抗要件になっている場合(不動産の二重売買や抵当権の設定のケース)では登記の完了をもって既遂となると考えられています(西田・各論6版247頁参照)。忘れないように注意が必要です。

業務上横領罪の成否を論じるに当たり,不動産の横領の既遂時期について何ら触れられていない答案が大多数であった。(H24・25頁)

(5) 財産犯の区別?

とりわけ財産犯において問題となるものですが、A罪とB罪の区別が問題とされます。しかしながら、区別を論じるべきかどうかについては、なぜか採点実感で判断が分かれています

区別を論じるなとした採点実感はこちらです。

横領罪と背任罪の関係について,そのいずれを検討すべきか,両罪の区別に関する一般論を長々と論じる答案。このような点を論じても,結局は,個別の犯罪構成要件の充足を論証しない限り甲乙に成立する犯罪を確定することはできないのであるから,詳細に論述することに余り意味はない。〔強調引用者〕(H21・19頁)

逆に、区別を論じるべきだとした採点実感はこちらです。

抵当権設定行為について,横領と背任の区別を全く論じないまま,業務上横領罪又は背任罪の成否を論じている〔強調引用者〕(H24・24頁)

検討するのは基本的に構成要件の適用ですから、ほかの罪との区別を論じることは論理的にありえません。もっとも、その構成要件要素の解釈が問題となるとき、他罪との関係を考慮することはありえるところです。それゆえ、構成要件の解釈でひとこと区別に触れればそれで足りるのではないかと思います(そう考えれば、両採点実感の指摘も矛盾しません)

(6) 放火罪

放火罪においては、公共の危険の意義などが問われていますが、わりと多くの人ができてたみたいなので、この記事では省略します(H25・26頁参照)

(7) 業務~罪(業務性)

簡単なところですが、業務性の定義の一部が抜け落ちることが頻発しているようです。これは、業務上過失致死傷罪と業務上横領罪で問題となりますが、それぞれ微妙に定義が異なるので注意してください。

単に「人が社会生活上の地位に基づき反復継続して行う行為」とだけ述べ,「他人の生命身体等に危害を加えるおそれがあるもの」という点についての言及がない(H22・21頁、H24・24頁)

業務上過失致死傷罪における「業務」とは、判例によれば、「本来人が社会生活上の地位に基き反覆継続して行う行為であって、かつその行為は他人の生命身体等に危害を加える虞あるものであることを必要とする」とされます最判昭和33年4月18日刑集12巻6号1090頁)

他方で、業務上横領罪における「業務」とは、「委託を受けて物を管理(占有・保管)することを内容とする事務」をいいます(山口・各論2版314頁。なお、本来の業務に付随する事務については、本来の業務と密接な関連性を要します)

 

以上、採点実感のまとめでした~(長かった…最後のほうは息切れしました…ごめんなさい…)

 

▼前編(総説)

▼中編(刑法総論)

 

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