ゆるふわ刑法ブログ

かぽーんと刑法を考えるブログです。司法試験の過去問解説とか、基本書の紹介とかやってます。たまにリアル社会のことも考えます。論の展開が粗いのと読みにくいフォントは仕様。

「ドイツ憲法学」ってなんだ(後編)

◆主観的権利と客観法

前編に引き続き、「ドイツ憲法学」否、「ボン基本法学」が日本の憲法解釈論にどのように取り込まれているのかを考察(というか、ただの説明ですが)します。ネーミング的に「ドイツ憲法学」のほうがなんというかかっこいいので、以下では、不正確ですがこちらの用語を使いたいと思います。

憲法上の権利 Grundrechte」には2種類あり、ひとつが個人の人格的利益に傾斜した場合、もうひとつが公益に傾斜した場合です。前者を「主観的権利 subjektives Recht」、後者を「客観的法規範 objektives Recht」と呼び、法的な救済方法がそれぞれ主観訴訟取消訴訟や国家賠償請求訴訟等)客観訴訟住民訴訟等)にほぼ対応します。ドイツ語では「権利」も「法」も同じ「Recht(英: right)」という用語であり、これに形容詞がつくことで2種類の概念に分化するのです(下図参照)。日本の憲法解釈論では、この2種類の概念が切り離されて取り込まれていますが、両概念の間にはもともと連続性があることに注意したいところです(特に、「権利」という日本語から、「憲法上の権利」=主観的権利という印象が強くなりやすく、結果的に「憲法上の権利」は客観法が除かれて観念される場合が多くなりますが、日本語的にやむを得ないような気がします。)

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主観的権利とは、たとえば、「信教の自由」や「学問の自由」、「表現の自由」など、従来の判例の表現を借りれば「自由」や「基本的人権」と呼ばれるものです。これに対して、客観的法規範(客観法)とは、たとえば、「政教分離原則」や「大学の自治保障」など、従来の判例の表現を借りれば「制度的保障」と呼ばれるものです。というより、憲法解釈論にドイツ憲法学を取り込む場合には、これらの日本の判例の用語法を上述の概念として「読む」ことになります。したがって、いずれの概念に分類すべきか必ずしも明確ではない場合も出てきます。現時点では、ドイツ憲法学的概念は、あくまでも「思考方法のひとつ」もしくは「分析的視点のひとつ」とわりきるほうがよいでしょう。

◆三段階審査論の適用段階

三段階審査論の具体的な内容については、私がここで説明するより、小山先生とか駒村先生とか宍戸先生とかの学生向けの著書を読んだほうがよいと思いますので、さらっと触れる程度にしたいと思います。

そもそも、三段階審査論が現実の訴訟のどの部分で用いられることを想定しているのかというと、主に主観訴訟の本案勝訴要件のうちの「違法性」という要件のところです。たとえば、取消訴訟における「処分等の違法性」や、国賠の「違法性」(ただし、判例は職務行為基準説を採用します。)あたりです。司法試験の公法系第1問では、わりと頻繁に「訴訟類型」が問われていますが、要するに憲法論が問われる具体的な場面を聞いているわけです(たぶん行政法知識を聞きたいわけではありません。)

一般に「違法性」が規範的要件であることから、原告はその請求原因において「違法性」を基礎づける評価根拠事実を、被告は抗弁においてその評価障害事実を、それぞれ主張・立証しなければなりません(ただし、これは便宜的な説明であって、実務的には、一般民事法と同様に法律要件分類説によって判断されます)。しかしながら、「違法性」と言われたところで、具体的にいかなる事実が違法性を基礎づけるのか、条文の文言からはまったく明らかではありません。そこで、このときに持ち出すのが「憲法上の権利」であり、三段階審査論なのです。

通常は、国家行為(主に「行政庁の処分」)は何らかの法令に基づいているはずですから、基本的には、「憲法上の権利」で国家行為の背後に潜んでいる法令本体を攻撃するか(いわゆる「法令違憲」)、個別の国家行為自体を攻撃するか(いわゆる「処分違憲」)ということになります。別に違法性の主張を「憲法上の権利」の侵害だけを念頭に置く必要もないわけで、むしろ普通に、個別行政法規上の実体的瑕疵を引っ張ってきても、行政手続法上の手続的瑕疵を引っ張ってきても何でも構わないのですが、とりあえず、ここでは説明の便宜上、「憲法上の権利」侵害に話を限定しておきたいと思います。

このほかに、実務上、刑法の「違法性」段階、とりわけ正当行為(刑法35条)でも憲法論がわりと頻繁に問題となりますが、違憲性が認められたケースがわずかであり、しかも下級審レベルの話なので、まず試験には出ません。刑事事件の場合には、何らかの他人の権利・利益(法益)が侵害されている事案がほとんどなので、「憲法上の権利」を根拠として安易に違法性を阻却できないからだと思われます。つまり、素材判例的に出題しにくいのです。

◆三段階審査論の根拠と手法

正当化事由のない主観的権利の侵害(あるいは客観法違反)が認められれば違憲・違法です。どこまでいっても、ただそれだけの話です。この「正当化事由のない主観的権利の侵害」の有無をものすごーく細かく精緻に検討しようとするのが三段階審査論です。すなわち、これを①保護範囲 Schutzbereich、②制約 Eingriff、③正当化 Rechtfertigung の3つに分解し、特に③の正当化論証については、Ⅰ形式的正当化、Ⅱ実質的正当化の2つに分解して、さらにⅡの実質的正当化論証をⅰ目的の正当性、ⅱ手段の合理性、ⅲ手段の必要性、ⅳ狭義の比例性の4つに分解するのです。

そうすると、最終的な考慮要素は7つくらいでしょうか。要するに、三段階審査論とは、「①権利の内容・重要性、②制約の内容・程度、③法律上の根拠の有無、④規制の目的、⑤規制手段の合理性、⑥その必要性、⑦規制によって侵害される権利とこれによって達成される公共の利益との権衡を総合考慮して判断する」ことを比較衡量論におけるスタンダードとして捉えて、それらの諸要素の関係性を分析して、理論的に根拠づけ、配列し直したものと言えます。

問題は三段階審査論の根拠ですが、ここでは主に上記諸要素の配列の根拠が問題となっていると考えたほうがよいでしょう。「原則自由例外制限」の自由主義的図式(シュミット的に言えば「法治国家的配分原理」)はおそらく多くの人が肯定するでしょうから、三段階部分は一応、これで説明できます(ただし、「防禦権」で説明できない部分に脆さがあることは周知の通りです。)。残りは正当化論証内の要素の配列ですが、これは「パレート最適」によって説明できます。

もう一度念を押しておきますが、「憲法上の権利」概念、とりわけ主観的権利を軸にして展開される三段階審査論自体は、現時点で日本の判例の採用するところではありません。三段階審査論は「比例原則」の一種であり、精緻化・図式化された比較衡量論ですが、日本の判例は比較衡量論をとりながらも精緻化・図式化の方針を採用する気配がありません最判平成24年12月7日刑集66巻12号1337頁【堀越事件】参照)。日本の判例に関して言えば、今のところ、①保護範囲+制約(理由付け②比較衡量(個別的下位規範という2段階図式での運用が実情であり、正当化論証にあたる後者の諸要素も極めて流動的です。やはり、三段階審査論は「思考方法のひとつ」という限度で捉えておくべきでしょう。

「憲法上の権利」の作法 新版

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