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ゆるふわ刑法ブログ

かぽーんと刑法を考えるブログです。司法試験の過去問解説とか、基本書の紹介とかやってます。たまにリアル社会のことも考えます。論の展開が粗いのと読みにくいフォントは仕様。

「司法試験の採点実感等に関する意見(刑事系科目第1問)」のまとめ(平成20年~平成27年)刑法各論財産犯以外編

(新)司法試験

こんにちは~

今回は、「財産犯以外」の事案分析についてです(前回は「財産犯」についてでした)。

1 殺人罪

(1) 殺意の認定

故意(刑法38条1項)とは、構成要件該当事実の認識をいい、特に殺人罪における故意を、実務上、「殺意」と呼びます。答案で殺人罪の検討を要する場合には、いかなる場合であっても、この「殺意」と、後述する「実行行為性」の検討は必須です。一般論として、殺人罪は重大な犯罪と言えますが、日本法は諸外国のように「謀殺/第一級殺人」や「故殺/第二級殺人」等に類型化されておらず、法定刑の幅が極めて広いため、一口に「殺人」といっても様々な犯行態様を含みます。すなわち、私たちの持っている「殺人」のイメージと乖離するような事案が出てきます。そこで、犯罪個別化と量刑判断の要請から、「殺意」や「実行行為性」が慎重に検討される必要があるのです。試験とは関係がありませんが、起訴状の公訴事実欄に「犯行の動機」が書かれたりするのもこのためです。

この「殺意」の認定について、採点実感では、複数の事情を拾って評価すべき点が指摘されています。「殺意」の認定に関しては、一般的には、①凶器の種類、②凶器の用法、③創傷の部位、④創傷の程度、⑤動機の有無、⑥犯行後の行動等が考慮されます(原田保孝・刑事事実認定重要判決50選上(立花書房、2007年)278頁参照)。繰り返しますが、ここまで細かいことが要求されるのは、犯罪個別化と量刑判断の上で重要だからです。しかし、問題文で主要事実が確定している場合にはそれを踏まえなければなりません。その際、「死亡することを認識しながら」や「死んでもかまわない」といったわかりやすい事情だけでなく、「医療行為を施さずにその生死を運命にゆだねる」といった事情の評価にも注意を払う必要があります。

たとえば、よくない答案として次のようなものがあげられています。

甲の殺意を検討するに当たり,甲がVの死を受け入れるかどうか迷っていたことをもって,安易に殺意を否定し,その後,甲がVに医療行為を施さずにその生死を運命をゆだねることにしたという点について,十分に検討していない答案(H22・21頁)

このほかに、一度殺意を持ちながら、その後に殺意を喪失した場合も、殺人罪の検討をスルーしやすいケースのようです。採点実感では、不作為の殺人の事案において、「授乳を再開して以降は殺意がないことを理由に,殺人罪の成否を検討せず,保護責任者遺棄致死罪の成否のみを検討する答案」(H26・34頁)は、問題があると指摘されています。不作為の殺人においては、当該不作為の時点において故意の有無を検討することが求められ、その後、殺意を喪失した場合には、理論上、中止犯が問題となるにとどまります。ただ、実務では、そのような場合には、そもそも不作為の時点における殺意自体を認めないケースがほとんどでしょう。

(2) 実行行為性の認定

殺意の認定以前に、殺人(未遂)罪を検討しようとさえしない答案も問題だと指摘されています。「拳銃で発砲」したり、「ナイフで刺す」ような行為について、殺人罪の検討をしないなどということはありえないと思われますが、以下のような「車から振り落とす行為」はスルーしがちですし、とりわけ死亡結果が発生していない場合には、殺人未遂罪の検討が抜け落ちやすいです。生命に危険を及ぼしかねない行為であれば、とりあえず殺人(未遂)罪を検討するくらいのつもりでいたほうがよいかと思われます。

甲が,車を加速,蛇行させて,しがみ付いていた乙を車から振り落とすという生命に対する危険性の高い行為に及び,乙に脳挫傷等の大怪我を負わせ,意識不明の状態に陥らせるという重大な結果を生じさせたにもかかわらず,甲について傷害罪の成否だけを論じ,殺人未遂罪の成否を一切論じていない答案が予想以上に多かった。このような答案については,事案を分析する能力の欠如をうかがわせることから,低い評価をせざるを得なかった。(H23・25頁)

(3) 実行の着手

刑法43条本文にいう「実行に着手」に該当するかどうかは、文言上、少なくとも構成要件該当行為に接着する行為であって(密接性)、未遂犯の処罰根拠から、構成要件的結果発生の客観的危険性を有する行為であること(危険性)を要します(最決平成16年3月22日刑集58巻3号187頁〔クロロホルム事件〕、平木正洋・曹時59巻6号(2007年)165頁以下、井田・講義397頁以下参照)。「事案によって」具体的には、①第1行為は第2行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠なものであること(必要不可欠性)、②第1行為に成功した場合、それ以降の殺害計画を遂行する上で特段の事情が存在しなかったこと(自動性)、③第1行為と第2行為との時間的場所的近接性等(時間的・場所的近接性)を考慮して判断します(H25・26頁参照)。これらの考慮要素は、密接性と危険性の双方の考慮要素であり、これらの考慮要素を用いる場合には、密接性と危険性を同時にあてはめます。

判例で書く場合には、その後、第1行為と第2行為を「一連の実行行為」と構成した上で、結果発生および因果関係(危険の現実化)を認定し、結果発生の客観的危険性を有する第1行為の認識をもって故意を認め、あとは因果関係の錯誤の問題に持ち込みます(はじめの「一連の実行行為」という表現がレトリックです)。故意とは、構成要件該当事実の認識をいい、因果関係も構成要件要素ですから、それに該当する事実の認識を要します(認識必要説)。もっとも、故意の認識の対象は構成要件の範囲まで抽象化されることが許容されますから、具体的な因果経過を認識することまでは要求されず、「相当因果関係の範囲内の錯誤」であれば故意を阻却しません(法定的符合説)

ここでよくある質問ナンバーワンは、「危険の現実化」と「相当因果関係の範囲」との関係ですが、とりあえず「相当因果関係の範囲、すなわち、結果帰属判断の相当性(危険の現実化)が認められる範囲」と書いておけば問題ありません(安達光治「客観的帰属論―犯罪体系論という視点から―」川端博ほか編『理論刑法学の探求①』(成文堂、2008年)56頁以下参照)。あるいは、「相当因果関係」という言葉を出さずに、より直截に、「客観的な危険の現実化」と「行為者の認識した危険の現実化」との間の本質的な差異が認められる場合に故意を阻却すると書いても結構です(高橋・総論190頁)。さらに、端的に「故意の認識の対象は構成要件の範囲まで抽象化することが許容されるから、具体的な因果経過に錯誤があったとしても、因果関係の認識がある以上は故意を阻却しない。」と書いてもよいでしょう(山口・総論212頁以下参照)。そもそも、危険の現実化説と相当因果関係説は矛盾するものではありません(たとえば、井田・講義128頁以下は、折衷的相当因果関係説でありながら危険の現実化を基準とする)。また、「相当因果関係の範囲」なる表現を用いた因果関係の錯誤に関する判例はなく、いまだ学説の主張の域を出ませんから、無視しても問題ありません(佐伯・総論272頁以下等で、「相当因果関係の範囲内」という基準が意味をなさない旨が指摘されていることからも、同基準にこだわる必要はないと思われる)。このあたりは、あまり深く考えないほうがいいように思います。

(4) 間接正犯における実行の着手時期

間接正犯の正犯性を肯定した後は、事案によって、実行の着手時期の検討が必要です(H25・27頁参照)。なぜならば、間接正犯においては、実行の着手が、殺人未遂罪と殺人予備罪の分水嶺になりやすいからです。被利用者基準説/到達時説によれば、被利用者/直接行為者の行為の時点で実行の着手が認められますが、こんなものはケース・バイ・ケースであって、利用者基準か被利用者基準かといった争いには意味がありません。基準は一貫して「構成要件的結果発生の客観的危険性が認められた時点」(結果発生の自動性または時間的切迫性)なのであって、事案に応じて個別具体的に検討されるべきです(個別化説・通説)判例は「毒物を飲食できる状態に置いた」ことなどをもって、実行の着手を肯定しています(大判大正7年11月16日刑録24輯1352頁等)。なお、間接正犯のケースでは、実行の着手が認められると遡及的に原因行為に実行行為性が具備されるという「逆転現象」が生じるので、構成要件該当行為との密接性の問題は観念できません。

2 拐取罪

(1) 「略取」の意義

採点実感では、「略取」と「誘拐」の区別がついていない旨が指摘されています(H26・35頁参照)。「略取」とは暴行または脅迫を手段とする場合であり、これに対して、「誘拐」とは欺罔または誘惑を手段とする場合をいい、両者を合わせて「拐取」と呼びます(西田・各論76頁)

(2) 他方親権者による子供の連れ去り

未成年者略取罪(刑法224条前段)の保護法益被拐取者の自由と保護及び親権者等の監護権であって(通説)、行為主体が親権者であっても他方親権者の監護権を侵害することが考えられることから、親権者であることをもって同罪の構成要件該当性は否定されません。もっとも、親権の行使民法820条)として法令行為(刑法35条)に該当し、当該行為の違法性が阻却される余地があります。判例は、おそらくは子の福祉子の利益民法820条参照)の観点から、他方親権者による既存の養育状況を尊重する立場をとったものと思われ、「監護養育上それが必要とされる特段の事情」がない限り、親権の行使であることをもって当該行為の違法性が阻却されることはない旨を述べています(最決平成17年12月6日刑集59巻10号1901頁)。それなので、採点実感では、「未成年者略取罪の保護法益を親の監護権とする見解に立ち,甲〔他方親権者〕のAに対する養育状況を問題にすることなく,安易に同罪を成立させる答案」が問題だとして指摘されています(H26・35頁)。同事案では、「衰弱が深刻なAを救出する行為と評価する余地もある」とされていることから(H26・34頁)、「監護養育上それが必要とされる特段の事情」の有無は慎重に検討されるべきでしょう。

3 住居侵入罪

(1) 「住居」と「建造物」の区別

初歩的とも思われますが、「住居」と「建造物」の区別がついていない答案があるようです(H27)。しかし、実はけっこう奥が深いです。「住居」とは、日常的に使用されている場所をいい、法律上の権限の有無を問いません(最決昭和28年5月14日刑集7巻5号1042頁)。「日常的な使用」とはいえ一時使用も含みますから、たとえば、設備次第では、ホテルや車両であっても構いません。また、「邸宅」とは、住居以外の居住用建造物をいいます。たとえば、空き家や閉鎖中の別荘、集合住宅の共用部分などです。これに対して、「建造物」とは、「住居」と「邸宅」以外の建造物(非居住用建造物)をいいます。たとえば、オフィスとか学校とか工場とかです。簡単に書いていますが、そこまで明確に区別できるものでもありません。

(2) 住居権を喪失した者の再度の立入り

刑法130条前段にいう「侵入」とは、住居権者/管理権者の意思に反した立ち入りをいいます。家を出ていった別居中の夫が、もともと住んでいた家(妻がいる)に立ち入るケースでは、まず夫の住居権の喪失を認定した上で、次に妻の同意に対する合理的期待(黙示の同意)の有無を論じます。住居侵入罪の保護法益は、住居に誰を立ち入らせるかの自由ですから(住居権説)、住居の所有権を持っているかどうかは関係がありません。採点実感では、「住居侵入罪の保護法益を住居権とする見解に立ち,甲〔現に家に住んでいる人。別居中の妻〕が住居権者であるかどうかの問題と,乙〔一度家から出て行った人。別居中の夫〕が住居権者ではなくなったかどうかの問題とを混同している答案」(H26・35頁)が指摘されていますが、おそらく、夫の住居権の喪失自体ではなく、妻の意思に反した立ち入りかどうかが基準となる旨を指摘しているものと思われます。

4 放火罪

放火罪においては、公共の危険の意義などが問われていますが、わりと多くの人ができていたみたいなので、この記事では省略します(H25・26頁参照)

5 文書偽造罪

そもそも基本的知識に問題があるので、定義等をしっかり暗記してください。

6 業務~罪(業務性)

簡単なところですが、業務性の定義の一部が抜け落ちることが頻発しているようです(H22・21頁、H24・24頁)。これは、業務上過失致死傷罪業務上横領罪業務妨害で問題となりますが、それぞれ定義が異なるので注意してください。いずれも、「人が社会生活上の地位に基づき反復継続して行う行為」までは同じですが、付加される限定基準がそれぞれ異なっています。

(1) 業務上過失致死傷罪における「業務」

業務上過失致死傷罪における「業務」とは、判例によれば、「①本来人が社会生活上の地位に基き反覆継続して行う行為であって、かつ②その行為は他人の生命身体等に危害を加える虞あるものであることを必要とする」とされます最判昭和33年4月18日刑集12巻6号1090頁・丸数字引用者)。業務上過失致死傷罪は過失致死傷罪の加重類型であり、本罪の刑の加重根拠が一定の危険な業務に従事する業務者には通常人よりもとくに重い注意義務が課されていることに求められることから最判昭和26年6月7日刑集5巻7号1236頁)、「他人の生命身体等に危害を加える虞」という限定基準が付加されているのです。

(2) 業務上横領罪における「業務」

業務上横領罪における「業務」とは、①社会生活上の地位に基づき反覆継続して行う職務であって、②委託を受けて物を管理(占有・保管)することを内容とするものをいいます(西田・249頁、山口・各論314頁等参照)。委託物横領罪には(単純)横領罪と業務上横領罪の2つの類型がありますが、業務上横領罪は単純横領罪の加重類型という位置づけです。そして、業務上横領罪の刑の加重根拠は、単に業務者であることに求めるほかありませんので、そうすると、②のほうはあまり意味のない要件ということになります。

(3) 業務妨害罪における「業務」

業務妨害における「業務」とは、①社会生活上の地位に基づき反覆継続して行う事務または事業をいい、②事実上平穏に行われているものであれば足ります(東京高判昭和27年7月3日高刑5巻7号1134頁)。前二者が主体の問題であったのに対して、本罪の業務性は客体(被害者側)の問題です。また、限定基準が付加されていないところが特徴です。ポイントは、「事務または事業」という表現であり、「事業」という言葉は客体として「法人」を含む趣旨です。また、業務が適法かどうかを問いません。それが「事実上平穏」という留保の意味です。

以上、採点実感のまとめでした~

それではまた~

▼財産犯に関する採点実感まとめ

▼刑法総論に関する採点実感まとめ

▼総評

 

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